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『この世界はうつくしい』と、ばあちゃんは言う。

映画監督の河瀬直美さんのお話です。
河瀬さんは石牟礼道子全集13巻『春の城』と石牟礼道子詩文コレクション2巻『花』の解説も書かれています。


馬車が往ってしまうと、辺りに、なにか、えもいわれずよい香りが漂っています。よく見ると、蹄の跡のくぼみに、雪女郎の簪のような、ほの青い蘭の蕾が一輪落ちていました。香りは、その蕾から広がっているらしいのです。
去ってゆく馬車を見送りながら、みっちんは思い浮かべておりました。蘭の蕾を積み込んだ小さな舟が、香りのぼんぼりのように灯りながら、雪の中をゆく景色を。
そのとき、低いしわぶきの声がしました。
「よーい、みっちんよーい、何処おるかにゃあ」
めくらのおもかさまが、みっちんを探しているのです。馬が去っていった方に、山々がくれかかっていました。
「よーい、みっちんよーい、何処おるかにゃあ」
めくらのおもかさま、みっちんのばばさまが、彼方にともる灯りを探すように手をさしのべながら、そろそろと足探りしてきます。
みっちんはくれてゆく山の方を見たまま、赤いねんねこの袖をひろげて、はたはたと振り、おもかさまの方に向き直ると、その手の中に飛びこみました。
するとおもかさまが、ねんねこの上から手探りしてきて、いいました。
「あよ、みっちんな雪だるまじゃあ」
みっちんはすぐに、雪だるまの気持ちになりました。
      
  石牟礼道子 『あやとりの記』 より引用



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by KARAIMOBOOKS | 2012-08-27 13:48 | 日記
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